大きな可能性を秘めたゲノム編集技術

前回のメルマガでは、メガトレンドについて簡単にお話ししました。
メガトレンドとは、社会的または経済的な大きな潮流のことで、例としては次のようなものが挙げられるとお伝えしましたね。
- 背景:世界の人口増加
→都市化の進行、新興国における中間層の拡大 - 背景:世界の高齢化
→製薬・ヘルスケアへの需要増加 - 背景:温暖化の進行
→クリーンエネルギーへの転換
でもこれらはほんの一例にすぎません。
そこで今回から複数回に渡り、メガトレンドによって生み出される新たな事業領域について、もう少し深くみていきたいと思います。
わずか8年でノーベル化学賞
今回取り上げるのは、
ゲノム編集技術「クリスパー・キャス9(CRISPR/Cas9)」。
クリスパー・キャス9は、米カリフォルニア大学のジェニファー・ダウドナ博士とドイツのマックスプランク感染生物学研究所のエマニュエル・シャルパンティエ博士の2人によって開発され、2012年6月に世界で特に権威がある学術雑誌の一つとされているサイエンス誌に論文が掲載されました。
そして2020年10月、スウェーデン王立科学アカデミーは、クリスパー・キャス9を開発した2人の科学者にノーベル化学賞を授与。
その間、発表からわずか8年。
クリスパー・キャス9が、とてもインパクトのある発明であったことが伺えます。
わずか8年でノーベル化学賞
クリスパー・キャス9は、生命の設計図であるDNAを迅速かつ正確に編集する、画期的な分子生物学ツールで、生命科学の研究に欠かせないものになっています。
遺伝子の特定の配列を認識して酵素で切断し、遺伝子の一部を取り除いたり別の遺伝子を挿入したりできます。
(出所:日刊工業新聞)
クリスパー・キャス9は、無数の遺伝性の遺伝子疾患やがんを新たな方法で治療することを目指す技術の第2世代に当たります。
ほとんどの第1世代の遺伝子治療は、ウイルスベクターを用いて、体外で成長させた正常な遺伝子を体内に送り込み、そのウイルスが体内で細胞に感染することで異常のあるDNAを正常なDNAで置き換える手法なのですが、この手法は遺伝子の導入が正確に制御できないため安全面での課題が残っていたり、細胞分裂によってその効果が薄れていくといった課題があります。
一方、クリスパー・キャス9は遺伝子編集でゲノムを永久的に変化させるので、こうした問題は起きないと考えられています。
幅広い活用領域
活用領域としては遺伝子疾患や慢性疾患の治療など、健康・医療への活用がイメージされやすいですが、それだけではなく、
農作物の病気への耐性を上げたり
収穫量を増大させたり
魚介類の食べられる部分を大きくしたり
といったことの実現にも使われています。
国連の発表によると、世界の人口は現在の80億人ほどから、
2030年には85億人
2050年には97億人
2080年代中には104億人
にまで増加すると見込まれています。
また、実は2022年は前例のない飢餓の年であると言われているんです。
その要因は次の4つ。
- ロシア・ウクライナ問題
- 地球温暖化
- 新型コロナウイルスによるパンデミック
- 食糧価格の高騰
人口の増加と飢餓の拡大が今後も進んでいくと仮定すると…ゲノム編集による課題解決の必要性は高いことはわかるかと思います。
期待が大きい一方で課題も…
ゲノム編集技術はまだ発展途上の領域であり、もちろん課題もあります。
技術面では、クリスパー・キャス9は標的DNA領域以外でも改変を起こしてしまうオフターゲット作用が、他のゲノム編集ツールと比較して生じやすいこと。
もちろんオフターゲット作用を低減させる方法はいくつかありますが、万能な技術ではないということです。
そして、倫理的な問題。
2015年4月には、中国の研究チームがクリスパー・キャス9でヒトの受精胚をゲノム編集し、血液疾患の原因遺伝子を改変したことを発表して物議を醸しました。
受精卵に施せば好みの特徴をもたせた「デザイナーベビー」に道を開きかねません。
また、遺伝情報の変化は子孫にも影響するため、乱用を危ぶむ声は大きく、法律を含めた規制の整備が重要になります。
このようにゲノム編集技術はまったく課題がない完璧な技術というわけではないですが、使い方次第で遺伝子疾患や慢性疾患の治療法の確立や、今後より深刻化すると考えられる食糧危機といった大きな課題を解決する可能性を秘めた技術であることは確かです。
次回のメルマガでは、クリスパー・キャス9がもたらす市場の成長性や、この技術を活用し奮闘している企業などにフォーカスを当てて、より具体的にみていきたいと思います。
次回もお楽しみに(^^)
小島璃子
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